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はらっぱ


ソロアルバム発売記念
HALMA GEN ピアノ・ソロ・コンサート
2000.11.22.wed. 東京都 門仲天井ホール アートキッチン

■ PROGRAM ■ LIVE REPORT ■

■ LIVE REPORT 

ピアノと歌と尺八と門前仲町「アートキッチン」11/22
Reported by てじょんさん

第一部 ピアノの巻 / 日本のサティHALMA GEN
第三部 歌の巻 / ミューズの巫女李政美


 第二部 尺八の巻 / カリスマ邦楽師坂田梁山 


第6話 Far East Memories

 「これは遣唐使のお話です」
 これは、人形アニメーター、真賀里文子さんの作品『遣唐使ものがたり』に曲をつけたものだ。ここにもGENさんの想い描くストーリーがあった。
 その昔、船で荒海を渡って、中国に渡った人たちの物語だ。小生も、映画になった井上靖の『天平の甍』を見て、鑑真和上を招いた日本の遣唐使たちの苦難の物語に魅了されていた。そうした話に基づく作曲とは面白い。
 希望に満ちた船出を思わせるメロディーに始まった曲は、やがて海の荒波を思わせる激しい、しかも中国風の曲調に変わり、やがてまた、静かな古代の夢のオルゴールの箱を閉じるように終わる。

 だが、この曲はもちろん、そう思って聴けばそうだが、もしストーリー解説を知らずに聞けば、別にサーフィンの歌にも、他の話にも、なり得るだろう。
 これは決して、この曲を批判して言うのではない。
 もともと、器楽というのは、歌と違って明確な言語的メッセージを伝えることはできない。かといって、「調子の良い鍛冶屋」や「田園」の雷雨のような擬音的な標題音楽に堕するだけでは、面白くない。
 もうひとつの方向が、文学的なイメージに昇華する方向であり、そこには、言語の説明も援用しながら、独特のエスプリが必要となる。それが、サティで あり、そして、HALMA GENである。本質は同じとあらためて感じた。

 「今日、ゲストをお呼びしました。素敵な尺八を吹く方です。」
 ん、尺八? あの邦楽の尺八か。
 実は、プログラムをよく見ないでいたので、てっきり、李政美さんの登場かと思っていた。少々、驚いた。しかも、ピアノと純邦楽とは。
 「坂田梁山さんです。」
 拍手と共に現れた演奏者を見て、二度びっくりした。黒いシャツと、黒いズボン、紅いネクタイ、頭はバックにパーマして、ヘッドホン型のマイクをつけて現れた姿は、尺八のイメージとはほど遠い。
 尺八と言えば、虚無僧か、羽織袴か、というのが旧来の印象だろう。

 「僕は、北海道の留萌に、幼い頃住んでいました。日本海側なんですが、いつも学校の帰りに、海に沈む夕日を見て、考え事をしました。小さい頃は気が小さくて、家に帰ってピアノを弾いてました。そんな思い出の曲です」

第7話「たそがれ」

 海に寄せては返す、さざ波のピアノの、波打ち際。
 そこに、橙に照り映えながら沈む夕日の、尺八のゆらめき。
 夕日を受けて、またきらきらと輝く、ピアノの波のきらめき。
 ゆらゆら揺れて、しだいに海に消えてゆく、残照の名残りの尺八。
 ふたつのメロディーが相まって醸し出す、幼き日の追憶のノスタルジア。

 う〜む、ピアノと尺八が、こんなによく合うものとは。ピアノはもともとなんにでも合う楽器で、バイオリンなどの弦はもちろん、フルートなど管とも合うから不思議ではないし、尺八だってクラシックやジャズで合奏することは知っていたが、この曲は、実にうまくマッチしていた。

 「実は、坂田さんのアルバムにも、『たそがれ』という曲があるんですよ」
 「でも、GENさんのほうが、早いよね」
 「僕は、十年くらい前かな」
 「こっちは四、五年前。ただちょっと、シチュエーションが違うんですよ。 私の『たそがれ』は、失恋の痛手に打ちひしがれて、川面にたそがれて、石をぽつんと投げるという、映画のシーンのような曲なんですね(笑)」

坂田梁山 「たそがれ」

 ぐっと、物思いにふけるような、深い尺八から始まる。
 さらさらと流れる、川のせせらぎの、ピアノ。
 今はなき人の思いを、いつまでも追い続ける、尺八。
 中州の葦のほとりを流れ、石にぽつんと波紋を広げる、ピアノ。
 涙をこらえながら、なき人の名前を空に叫ぶ、尺八。

 幼時に対して、今度は、失恋の歌。これほど、尺八が表現力の深いものだとは、意外だった。何か、邦楽のそれとは、別の楽器のようでもある。
 上下黒づくめのダンディな格好をした、梁山さんと曲調に違和感がない。
 彼は、曲に変わると、何本か並べてある尺八を持ち替える。あとで聞くと、 西洋のリコーダーなどの管と同じく、調性によりオクターブの12本の尺八を特注で作ってあり、曲に合わせて替えると言う。おそれいった。
 楽器の工夫に、見事な技巧を加えて、尺八はもう、西洋楽器と遜色ない。

 二曲で、彼は舞台を去る。
 去る前に、「今日はアルバムは持ってきていないの」と、GENさんにうながされて宣伝する。『ニュートラル』というアルバムだ。
 ここで、思い出したように、GENさんと梁山さんのなれそめの説明。二人は、「ビカム」という邦楽グループをやっているそうだ。薩摩琵琶、琴、そして、パーカッションと、合わせて五人。そのアルバムも出ている そうだ。なかなか多彩な活動をしている二人であった。

 実は、コンサート後、打ち上げに参加し、梁山さんともお話しした。
 もともと、小生は、邦楽も好きだ。ひところは、人形浄瑠璃にはぞっこんで 通いつめた。謡曲も好きで、よく能楽堂に行ったものだ。
 太棹の野太い撥さばき、篠笛の空気を切り裂く鋭い刃が、好きだ。
 だが、尺八の、瞑想的な響きもまた、すばらしい。小生は、尺八を聞くと朝鮮の横笛、テグの深遠な魂の共鳴を思い出してしまう。
 二人で、邦楽の楽器の話で、あれこれ、盛り上がってしまった。
 彼は、純邦楽が本職なのだが、こうしたクロスオーバーな楽団も結成して、いろいろと邦楽の新分野に挑戦していると言う。その冒険心や、よし。

 彼には、そうした人を引きつける、独特の魅力があった。
 「カリスマ美容師」という言葉が流行している。床屋とか理髪師とかいう、旧来のイメージではなく、若者の人気と憧れを集める、髪のアーティストだ。
 梁山さんを見ていたら、ふと「カリスマ邦楽師」という言葉が浮かんだ。
 尺八は技巧的には、邦楽の楽器の中でもずいぶん難しいと聞く。よく「首振り三年」と言うのも、そこのところだ。だが、基礎をしっかりおさえながら、それにとどまらず、アレンジの高みに飛翔する。そこが、似ている。

 門前仲町の駅で、東西線を待ちながら、二人で話していると、彼はやおら、 キャスター付きの大きなバッグから、一枚のCDを取り出した。『ニュートラル』
 「あげましょう」「え、そんな……悪いですよ」
 「いや、尺八のこといろいろ聞いてくれて、うれしかったから。どうぞ」
 実は、GENさんのニューアルバムを買って、もう手元に金が無かった。 ありがたく好意を頂戴することにした。ずうずうしくサインもいただく。
 バッグから太いマジックを取り出すと、さらさらと走らせる。
 名前だけではない。絵も描く。節があり、穴がある。尺八だった。

 帰ってから、時々とりだして、夜中に聞いている。
 『たそがれ』のほか、『真夜中のカクテル』とか『レクイエム』といった、静かなメロディーの尺八は、夜のしじまに不思議によく合う。

 
第一部 ピアノの巻 / 日本のサティHALMA GEN
第三部 歌の巻 / ミューズの巫女李政美


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